薬漬けのトンビ

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2025.11.9-11.15


11.9(日)

妻。夏前から推していた若手俳優のサイン会?手渡し会?に行く。

午前中にTOKYOへ出立して、昼前後にイベントを終え、その後、横浜でバンギャ仲間と飯を食い、夜は宮小路へ帰ってきて、こちらにいるバンギャ仲間と飲むという、1日3アポのスケジュール。遊び散らかして、満足気に帰ってきた。

わたしと娘は、つかず離れずというか、なんかそれぞれの部屋で、絵とか描いたりしながら、Uにて晩ごはんを食べたりして、仲良く暮らす。

11.10(月)

遊び疲れて、くたばる妻。

昨日ようやく会えた、夏から思い続けていた念願の男は、非常に美しかったが、毒気がなく、物足りなかったとのこと。「やはり私は遺伝子レベルでバンギャ。」との弁を述べながら、疲れ果てている。

先週購入したシセロシスコの絵が届いたので、作者と一緒に額縁屋で額縁を選び、作者自らの手によって、わたしのお店に飾ってもらう。ゴールデンなマリアージュ。無駄無駄しさが増しました。

11.11(火)

昨日に引き続き、シセロシスコとコーヒーを飲みに行く。服屋のYちゃんも同乗してDへ。この店でもシセロシスコ・アートを購入されており、昨日に引き続き、巨匠自ら設置に行くのにお付き合いする形。バナナブレッドが激の旨だった。

夜は友人夫婦を連れて、宮小路ツアーのアテンド。臨時休業などもあったけれど、3店舗回れたので満足いただいたのでは。

11.12(水)

夕方からラヂオの収録。

ゲストは今週末に主催のバンギャ・オフ会を目前にされている妻と、宮小路のバンギャフレンズ。いつもの相方が新幹線で寝過ごし、新大阪なう、という、なかなかにアバンギャルドな理由で欠席していたのだが、カルトなゲスト2名のカルトなトークで、いい感じのレディオショーになっていた。

夜、蕎麦屋のKちゃんが出演するライブを見に行く。30年近くやっているブルースバンドの、その、地に足のついたブルースがとても良く、泣きそうになった。

その後、宮小路へ戻ってきて、Jにて麻辣春雨。激の旨。花山椒で脳が覚醒してしまった。

11.13(木)

娘は、4歳くらいの頃から、同年代の「知らない」子どもが群れているところが苦手で、近づきたがらず、いわゆる「子どもが苦手な子ども」なのだが、最近は小学校にも入って、社交性が少しずつ増しているような気がする。みたいな話を、当の本人にしながら、近所を歩いていたら、「知っている人ならぜんぜん大丈夫だけど、知らない人は子どもでも嫌だ。というか子どもは、騒がしいから嫌だ」という、6歳の子どもによる弁。そして吐き捨てるように、

「ひとりになりたいときもあるじゃん」

最近は、『おはなしせいさくのおと』というノートを自ら製作し、3作品くらい、ぶんと絵を執筆したオリジナルストーリーを製作している。

11.14(金)

昼。スパイシーカレーを食べに妻とTへ。

今週は彼女の仕事の予約が偏っており、昼間OFFが続くので、連れ立って散歩がてら、井細田までスパイスを摂取しに行く。特段、大きな出来事が起こらない、円環のように繰り返す日常こそが、ユニークでスペシャルだと思うようになって、まだ日が浅いけれど、結局、光はそこにしかない。

夜は無駄。

毎週毎週、やっていても、ぜんぜん飽きないのは、来てくれたお客さんが本当に楽しそうに、キラキラした目で帰っていくのを見られるからだろう。わたしが楽しいというより、まあわたしも楽しいのだけど、年齢的にも良い加減にアダルトな皆さんが、少年少女のようにキャッキャやる様子、それを見ていて、そこに参加できることが、グッと来るんだろうなと思う。カルチャーで心の隙間を埋めてきた人生で良かった。

11.15(土)

夜。妻、肝いりのイベント「バンギャナイト、漆黒の夜」開催。無駄の貸し切りイベントという形にして、いつも手伝ってくれるH女史をスタッフとして配置。

あとは、本気でオフ会をやってくださいということで、わたしは娘を連れて宮小路でグルグルしていた。託児所+娘の友人が完備されている二階のカレー屋Sの開店時刻になったので、ちょっと遊ばせてていい?とお願いして、同じく、町でウロウロしていた近隣店主を誘って、50年続く老舗のクラブRに行ったり、無駄にもよく来てくれる若者が、Mで結婚式の二次会をしているということで、そこに顔を出したり、グルグルしていたら、22時になっていた。猛スピードで娘を迎えに行くと、俄然元気で遊びまくっている。無駄を覗くと、こちらも俄然元気でなんなら満席っぽくなっている。

そこそこに挨拶して、娘を連れて帰宅。速攻爆睡。

妻のほうは0時くらいまでイベントが大盛り上がりだったようで、終了後、H女史を連れて、軽い打ち上げをしてから、ご帰宅された。

BRAKE ON THROUGH TO THE OTHERSIDE.

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純喫茶ゴーゴー

2026.1.11-1.17 1.11(日) 東京へ。 大正レトロ愛好家の友人I嬢が、行きつけである浅草のH堂という店を案内してくれるということで、前泊しに五反田へ。およそ12年間くらいの東京時代、いろんなところに住み、遊んだが、縁が重なり家族を持った後、最後の居は五反田であった。その前は中野。そして中野から毎週末、いまの妻である彼女の家(入谷・浅草付近)に通っていた。そしてこの夜、偶然、中野でDJイベントのJOJOJOがあり、買い物などいろいろな用事を済ませたあと、時間が間に合いそうだったので顔を出すことが出来た。 中野、五反田、(翌日は)浅草、入谷と、なぜか東京時代の思い出の地を巡るツアーみたいになっていて、ノスタルジア。小田原の温暖な冬に慣れてしまうと、この町は、相変わらず、消えてしまいたくなる、寒さ。 1.12(月) 午前中から浅草へ。 成人の日ということもあり、さすが浅草。晴れ着姿の若人がたくさんいた。若人だけじゃなくて、和装が多い。さすが浅草。外国人観光客も、

その星屑を撃て

2026.1.1-1.10 1.1(木)〜1.3(土) 元旦から働こうという、稀有な決断をして始まった2026年。 1日から3日まで、いわゆる三ヶ日、無駄を営業。 1日は誰一人歩いていない、ひさしぶりのゴーストタウン宮小路を味わい、2日は駅伝の観覧客が昼からごった返す、かと思ったらみんな素通りで、常連さんや普段(うちの限定的な営業日のせいで)来られないご新規さんが、昼間っから来てくれた。途中休憩をはさみ、夜も開けたが、夜はぜんぜん人通りがなかった。 そして3日目、前日までの疲れが結構出てて、営業しようかどうしようか、ギリギリまで迷っていたが、近くの小料理屋のママが84歳にして、ふつうに出勤してきたのを見て、奮起。 店を開けたらずっと満員御礼状態であった。 やってよかった。 1.4(日) おつかれダラダラ。なんだかんだで3日間、遊びに来てくれた人たちのおかげで、今週の金曜日は冬休みできそうな無駄ちゃん。実質的に今日から冬休みに入る。初日の今日はダラダラしかできなかった。疲れているからね、やはり。一方で、去年の1月から少しずつ描き始めていた絵を。ひとつのアカウントに集約さ

わたしの愛はモノラルで。

1月 アナログレコードを作ると息巻いて。10年ぶりに書いた新曲と昔のバンドのセルフカバーを、こちらのメンバーで録音。ちゃんとしたレコーディングは、なんだかんだ逃げてきた人生で、初めてだった。絵かきの友人の影響で、絵を描き始める。クレヨンからのスタート。娘も同時に絵を習い始める。 宮小路の廃ビルが売りに出て、内見。正月のテンションを引きづっていて、勢いでビルを購入しかけるが、あまりの老朽化・補修の多さに断念。いまこうして年の終わりに振り返ってみると、ちょっと狂っていたのかもしれん。ナイス撤退判断であった。 2月 「スナック無駄」名義で、製作した曲が配信リリース。DIYで作品を世界中に届けることができるというのは、テクノロジーというか、もはや8割近くダークサイドに堕ちてしまったインターネットの、数少なく残されている明るい面だと思う。俺たちが思い描いていたインターネットの恩恵に近い。 せっかく曲を作ったので、MV(PV)も自分で作ってみようと、AIに質問しながら、宮小路の民、オールロケ宮小路という、偏愛キャスティングで簡単な脚本を作り、撮影・編集を行う。初めての経験だったけど、と

常夜の常識

2025.12.14-12.20 12.14(日) ここ数週間、娘が友達と寄り道したり、下校後に待ち合わせをして遊んでいる理由は、自宅裏の野良猫なのだが、先週の木曜日を最後に、いつもブラブラしている空き地からいなくなってしまった。わたしとしても(娘が可愛がる前から)、常にそこにいた猫だったので、どうしたものかと心配。ところが、当の娘は 「おばあちゃんだったからね、死んじゃったんじゃないかな」 と、真顔でドライに言い放つものだから、いや待って、まだいなくなって3日くらいだし、そのうち、ひょっと現れるはずだよ、なんて、口ごもってしまう。 「生き物は死ぬでしょ、いつかは」 との由、述べられる娘。 メメント・モリを理解しているのか。この歳で。 12.15(月) 猫は今朝もいない。 午前中に詩集の打ち合わせを行い、時間が一瞬で溶ける。夕方からラジオの収録、年内ラスト。そして夜は月曜日営業の無駄であった。 無駄のようなコンセプト飲み屋は、忘年会や繁忙期が重なる十二月、全然人が飲みに来ないので、なかば「